恙無い(つつがない)ことが本当は幸せなのですが、みんな歓喜を求めるのはなぜだろう?




恙無い(つつがない)・・とは、息災であること、無事であること・・・

本当は、恙無い(つつがない)ことこそ、本当は幸せであり、それが、ずっと変わらずに、そのままでいることは、非常に幸福であるのですが、

私たちは、もっと何か、夢のようなものを求めすぎていて、そして、歓喜することを良いと思っているので、

普通で、平凡な中に、なかなか本当の幸せを見出せないでいます。

都会のエンタメ、スポーツ、映画、娯楽などに興じて、ワ~っと満喫する感じを求めたり、

たくさんの友人に囲まれて、盛大なパーティーをすることで、自分の友人関係の広さをアピールしたり、

現実逃避するような旅行に出かけて、パラダイス感を味わうことでストレスを発散したり、

なんでも、特別な何かをいつも求めて、走り続けています。

雑誌やブログなどでも、何か、キラキラしたイベント感がないと、掲載する価値がない、そして、こんなにスゴイです系な書き方も多いです。

私は最近、朝焼けを見たり、紅葉の葉っぱを拾ったり、小鳥のさえずりを聞いたり、犬の表情を見たりするだけで、とっても嬉しくなるので、

セレブ感たっぷりのランチやディナー、旅行先での写真などを色々な方のブログで見たとしても、

そんなに、食べるんだ~とか、旅行も疲れるよね・・としか思わなくなってきてしまいました。

それより、毎日の生活が、本当にすっきりと、いつも清く過ごしたい、恙なく過ごしたい…そんな思いになってきました。

キラキラしているところには、本当の幸せはないかもしれません。

みんなが、盛大なパーティーで、お祝いをしてくれたとしても、外交辞令でサ~っと帰ってしまうかもしれません。

本当の幸せは、毎日の小さな生活の中に隠れているのです。

2017年は、そんなことも、毎日の生活の中で実践していきたいと思っています。

2017年も毎日が恙無く過ごせますように。

多くを求めません。それだけでいいのです。