ドイツの老舗ブランドノート、LEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)のスケージュール帳




2019年のスケージュール帳は、ドイツの老舗ノートブランド、LEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)のスケージュール帳にしました!

LEUCHTTURM 1917

 

新しい年のスケージュール帳を購入する楽しみ

 

あと、1か月ちょっとで、2018年も終わり、2019年になるな・・と思いを馳せながら、新しいスケージュール帳を手に取るのは楽しみでもあります。

ドイツベルリンの街は、クリスマスモードになってきたけれど、それより、自分の新年度のスケージュール帳の方が数倍、夢があって、楽しみなような気がします。

計画を立てる、何が起こるかな、何をしようかなというときは、最高の楽しみだと思うのです。

実際にそのときになってみると、普通だったりするので、計画しているときが一番ワクワク度が高いのかもしれません。

いままでも、ドイツの老舗ノートブランド、LEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)のスケージュール帳を購入しようかなと迷いつつ、2017年、2018年は、欧州で人気なドイツのテヌース(teNeues)を購入していました。

自分が毎日使用しているノートをブログに載せるのも、なんか恥ずかしい感覚があります・・。この中にいろいろとごちゃごちゃ書いているし・・。

2017年、2018年のスケージュール帳 teNeues

数年経って、そろそろ、ドイツにも長期間滞在しているし、老舗ブランドを試してみようかなと思い始めたのです。

内側には、DANKE と書いてあり、メッセージも入っていて、心配りがあるのですね・・。

ドイツの老舗ブランド LEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)

 

こちらのブランドの楽しみは、いろいろな色がありますので、2020年には、何色にしようかな・・などのお楽しみです。

今後、40年とか、50年とか・・(いつまで生きるんじゃ・・)この老舗ノートを買っていこうかな・・などと思いを馳せてみたり。

下記は、ネタ帳ですが、ネタ帳などは、安いノートになぐり書きをしております。

息子などは、PCに書けばいいじゃん・・といっておりますが、やはり、スケージュール帳は、購入して、手書きが良いな・・と思ってしまいます。そうでないと、落ち着かない・・。

こちらのLEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)のスケージュール帳を使い込んだくらいに、また、経過観察などを書きたいと思っています。

 

LEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)の2019年4月22日の現状と4か月使用の感想

 

2019年の1月1日から、毎日、上記の LEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)を使用しています。

本日は4月22日。ドイツはイースター休日となります。

感想として、若干、中の紙が薄い感じがあります。もう少し厚めでもよいのかな・・。

また、スケージュール以外にも、私などは書くことがたくさんありますので、余白のページがたくさんあった方が好みですが、ちょっと持ち歩くときなどには、このサイズはちょうどいいです。

Mac PCを持ち運ぶときの入れ物に同時に入れて行くことができますので。外でもスケージュール管理ができます。PCでは、スケージュール管理をしていないので・・。

また、4か月後に報告できるかな・・。

 

LEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)の2019年7月20日の現状と7か月使用の感想

 

LEUCHTTURM1917(ロイヒトトゥルム1917)も7か月毎日使用していくことで、味わいが出てきました。もう、余白は書き込みでいっぱいになってしまっています。

え・・何を余白に書いたですって・・エドガーケーシーをリーディングなどを書いていたら、いっぱいになってしまいました。

もう余白がないので、かわいいメモ帳を購入・・・

 

さらに、書くぞ・・・書いて、書くことは、自分を整えることに役立ちます。私にとっては、癒しになっているのかも・・と最近思うようになりました。

私の好きなことは、音楽のメロディー・・でしたが、さらに、文章を書くことが好きになりました。

文章を書くことと、音楽のメロディーは同じ感覚です。

音楽が流れるように、文章を書いていく・・・

子供にも残せるかな・・・

あ・・息子はこういうのは面倒くさいので読まないタイプでした・・

ま、いっか・・

2019年7月20日に追記より・・

 

 

自分の考えを書くこと、メモすること

 

自分のそのときの考えをメモすること、書くことは、非常に大事だと思っていて、自分の両親が、もし、いろいろなことを書いていたら、見たいな・・などとも思ってしまいます。

同じ年齢のころに、何を考えていたのか・・などは、とても知りたいものです。

息子なども、いずれ、見たい時期が来るかな・・と思いつつ、私もブログなども書いていますが、たぶん、男子なので、そんなことはなく、見ることもないだろう・・とも思いますね。

誰かが見ないとしても、書くことが大事であり・・記録することが大事であり・・と思ってしまいます。

書いておくこと、記録しておくことは、いずれ必要だからという、暗証番号などの、実用的なものが多いですが、

本当は、そのときの考えとか思い、想いの方が大事なのに、それは、貴重だと思われないものです。

日記でも、何をした、どこへ行ったより、何を思ったか、想ったか、考えたかを書くといいと思いますね。

最近は、半世紀以上の年齢のせいかもしれませんが、旅行をしても、どこへいっても、どこもたいして変わらないな・・などの思いが強く、

ホテルに宿泊して、誰かさんが宿泊したであろうベッドより、自分のベッドで寝たいというのもあり、出不精になりつつあります。

日本にいるときは、いろいろな外国へ行きたいという思いが強かったのですが、ここ、欧州にいると、どこへでも近場でいけるので、まあ、チャンスがあればいけばいいしと、旅行の意欲もなくなりつつあります。