『父滅の刃』(樺沢紫苑著)から考える父親とは?父性とは? 我が家の例から考えてみた!




 

日本の多くの父親が、自分の仕事のことより、

上記のアイキャッチ画像の父親のようなことを

大事にできたのなら・・

 

『父滅の刃』から考える父親とは? 父性とは?

 

8月のふみサロのリブリオエッセイの課題は、

『不滅の刃』(樺沢紫苑著)でした。

SNSで好感度が上がる文章の書き方サロン「ふみサロ」

それでも、日々は輝いて。

 

 

父性とは、あまり聞きなれない言葉だったので、調べてみた。

父性(ふせい)

  • 子供の父親に期待される役割。後述。
  • 子供の実の父親であろう度合い。たとえば「父性が確実」は「確実に実の父親」だということ。

父性(ふせい)とは、家庭において父親に期待される性役割のこと。母性とは異なる質の能力と機能とをいう場合が多い。何をもって父性と見なすかは文化によって異なる。近代において父性は子どもの精神病理との関係から注目されるようになったが、それはジークムント・フロイトエディプス・コンプレックス説に基づくものである。フロイトはあらゆる神経症の原因がエディプス・コンプレックスと強く関係していると主張した。フロイトによれば、3-6歳(エディプス期)の男児は、父親への恐怖(去勢コンプレックス、去勢不安)により母親に対する性的欲求が抑圧されるため、子どもは父親のようになろうと自らを父親と同一視する。それによってエディプス・コンプレックスが克服され次の発達段階(潜在期)へと移行できる。一方で、女児の場合は既に「去勢」されているため男根羨望が生じ、この種の去勢コンプレックスによって初めてエディプス期に遷移する。すなわち、フロイトは子どもの父親に関わる去勢コンプレックス(去勢不安または男根羨望)によって男らしさ、女らしさが形成されるとする。フロイトはこの過程の失敗が神経症の発症に大きく影響すると考えた。このような主張は、フロイトの精神分析学が影響力を失った現在では、精神医学において肯定的に顧みられることはほとんど無いが、保守的な教育論からはある種の疑似科学として「父性の復権」が今日でも主張されることがある。

出典: ウィキペディア 父性

 

日本の社会における父親の現状、経済主義が父親を奪っている!?

 

今回のリブリオエッセイは、我が家が独自路線を進んでいる理由・・

日本の現状に対処してきた内容を書いてみました。

 

経済至上主義が父親を奪っている      

 

日本の戦後の経済至上主義が父親を奪ってきた。

長時間労働を課して、温かい家族を崩壊してきた。

 

昭和30年ごろは、まだ良かったと父親はいう。

テレビもなく、仕事を真剣にしていて、

まだ発展途上で、みんな健康だったという。

昭和43年ごろからカラーテレビが流行して、

テレビに翻弄され、時間を奪われ、

高度成長時代もピークとなり、長時間労働を強いられた。

持ち家信仰が蔓延して、35年ローンで家を持つことが

ステータスとなり、そのために働くことを強いられた。

バブル時代は、人づき合いで時間を奪われ、

サラリーマンも飲み屋、ゴルフ三昧だった。

バブルが崩壊して、不況が到来、

正社員になることも大変になり、

生きるだけでも大変な時代となった。

 

父親は、家族を守るという大前提があるが、

サラリーマンなどは、会社に全精力を奪われている

という側面もあると思う。

特に日本の会社で、男性は会社に人生の全ての時間を奪われる。

この姿勢をもたないと、生き残れないという点もある。

 

私は自分が就職したときにこれに気がついた。

その後、男性も45歳以上になると、仕事も大変になると

主人を見ていて気がついた。

私は家族の幸せのためも、主人を会社にあげようと思った。

そうならば、主人は会社のため、集中して仕事ができるからだ。

主人を長生きさせるためにも、主人は仕事だけに専念する必要があるのだ。

男性は、女性のマルチタスクができるのと異なり、

1つにしか集中できないという特性もあるのだ。

日本のサラリーマンは、家族サービスなどをしていては、

男性の身体は身がもたないのだ。

 

これが、我が家が海外で親子留学を10年している

いくつかの理由の1つでもある。

日本の経済至上主義の犠牲とならないように、

主人を解放してあげたのだ。

それは、息子と私の利点にもなっているので、

我が家の家族の形式はそれなりにアリだと思っている。

 

もし、日本が経済至上主義でなかったのなら、

もっと良き父親像が作られたであろうと想像してしまう。

発展すること、便利になることはいいことなのか?

 

我が家は、昭和初期のような炊飯器を

ドイツのベルリンで毎日使っている。

ベルリンには、このような炊飯器しか売っていないのだ。

予約機能も、保温機能もないのだ。

しかし、毎日このスイッチ1つの炊飯器で

ご飯を炊いて、お弁当も作っている。

炊飯器は、スイッチ1つあればいいのだ。

これで必要かつ十分である。