バンクシーの有名な作品『風船と少女』と表現者とは?




 

10月のふみサロの課題は、バンクシー関連本でした。

それでも、日々は輝いて。

 

バンクシーとは? 『風船と少女』など、社会風刺を描くストリートアーティスト

 

ベルリンに住んでいると、やはり、バンクシーと同じようなストリートアートがそこらじゅうにあるので、そんなに特別な感じはしない。

いままで、特に注目はしていなかったのだけれど、

10月のふみサロの課題がバンクシー関連本だったので、気にするようになりました。

バンクシーの絵をいろいろ眺めて、何が言いたいのかすぐにわかりました。

世の中の真実を知っている人であろうし、それを表現せずにはいられない・・

怒りもあるのだけれど、それを風刺として、世の中に訴えかけている。

 

バンクシーBanksy, 生年月日未公表)は、英国を拠点とする匿名のアーティスト(路上芸術家[1])、政治活動家、映画監督。彼の風刺ストリートアートと破壊的なエピグラムは、独特のステンシル技法で実行された落書きダークユーモアを組み合わせたものである。

彼の政治および社会批評の作品は、世界各地のストリート、壁、および都市の橋梁に残されている。バンクシーの作品は、アーティストとミュージシャンのコラボレーションを伴う、ブリストルのアンダーグラウンド・シーンから生まれた。バンクシーは、後に英国の音楽グループマッシヴ・アタックの創設メンバーとなったグラフィティアーティスト、3Dに触発されたと語っている。

バンクシーは彼の作品を壁や自作の物理的な小道具のような、公に見える表層に展示している。バンクシーはもはや彼のストリートグラフィティの写真や複製を販売していないが、彼の公開された「展示」は定期的に転売されている。少数のバンクシーの作品が正式に、非公開で、Pest Controlを通じて販売されている。バンクシーのドキュメンタリー映画イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010年)は、2010年のサンダンス映画祭で公開されている。2011年1月に、彼の映画はアカデミー賞ベストドキュメンタリー部門にノミネートされた。2014年に、Webbyアワード2014で年間最優秀賞を受賞した。

出典: ウィキペディア バンクシー

 

 

 

バンクシーの『風船と少女』から連想して書いた私のエッセイ

 

バンクシーの作品には、子供を描いているものも多いと感じる。

バンクシーは今の世の中、子供を守っていないと感じている・・と想像してしまう・・

私もこの世の中で一番しなければいけないこと、子供を守ること・・

いつもそうであると思っている。

表現者とは・・いつも何か現状に対して、言いたい、変えたい、訴えたい、

もっと改善したい、もっと効率的にしたい・・と心の中で

あふれて、こぼれそうになっているものだ・・

赤ちゃんだって、子どもだって、みんな何か言いたいのに・・

何かがそれを抑えこんでいるのではないのか・・

それが・・実は学校であり、教育なのではないのか・・

習慣や風習であったり、伝統であったりもするかもしれない。

私のエッセイの中で、幼稚園の先生が、サッカー選手ね・・

とサラッと言った時、

幼児教育の専門家なのに、わかっていないな・・と

ひそかに思ったものでした・・・

まあ、いいんですけどね・・期待などしていないので・・

そんなもんなんでね・・・・・・・

(穏やかに書いていますが、私はそういうところを実はキリリ👊👊💢

怒らないので、手放し、手離すことをしているのでいいのですが・・)

お母さんが怒らないで、平穏でいられる3つの方法

 

私もバンクシーと同じ気持ちでエッセイを書いてみました。

子供への愛情、子供を守るためにも、

怒りを超越して、あえて穏やかにならないと、守れないんですよ・・

さらっと言う、サッカー選手ね・・

この一言は、子供の個性をつぶしている・・と

私は考えるのです・・

 

かわいい小さな表現者 

 

我が家の息子がまだ4歳ぐらいのとき、

動物をまったく描いていない動物園の絵を描いた。

 

クレヨンでいろいろな色を塗り並べて、

それが、動物園の絵だという。

 

確かに、遠くから見ると、

動物園に動物がいるようにも見える。

息子はたぶん、動物を描くのが面倒だから、

いろいろな色を塗りまくったのだと思ったけど。

先生は、なんかすごいですね・・と言っていた。

 

幼稚園の卒園のころだったかな・・

他の子たちは、普通に自分を描いた絵に

肌色、髪の黒色、洋服の色を塗っていた。

 

息子は全身、みどり色一色で塗っていた。

ブルーマンではなく、グリーンマンである。

なぜ、みどり色で全部塗ったの?と聞いたら、

面倒だから、それにみどり色が好きだからと答えた。

クラスの中で、グリーマンだけ、異様に目立っていた。

 

生まれて3か月ごろだったと思う。

なんか静かだな・・と思い、

ふと、ベビーベットをのぞいたら、

ひとりで自分の小さなおててをじっと眺めていた。

おててで何かを表現しようと思っていたのかな。

とても可愛い、滅多に見れないであろう瞬間でもあった。

 

息子は小さなかわいい表現者。

 

何が良いとか悪いとかも関係なく、

誰かと比べることも知らない年齢。

ただただ、自分をおもうままに表現している。

 

息子の個性を大事に、大事にして、

心の中はいつも自由に、楽天的に

誰からも支配されない人生をすごしてほしい・・

子育てでそんなことを思ってきた。

 

息子と一緒にピアノを弾きたいな・・

という私の願いも速攻にぶち破られ、

ボールを追いかけるのが好きな子供になった。

 

幼稚園に入園したばかりのころ、

幼稚園の先生が

『将来何になりたいですか?』

とお誕生日会でみんなの前で聞いた。

 

息子は『サッカーボール』と答えた。

先生は、サッカー選手ね・・と言い直した。

 

後ろで観覧していて、隣の主人に私はヒソヒソ言ってみた。

『今、サッカーボールっていったよね・・』

息子は当時サッカー選手を知らない。

本当にサッカーボールになりたかったのだ!

 

子供は自由に表現している。

そして、人はそれぞれの内なるリズムをもっている。

個性を大切に、自分のリズムを大切に。

 

オムツを替えるとき、私がいつも

よーし、できた! と言っていたせいなのか、

息子はえ〜し、え〜し と言うようになった。

そんな当時のかわいい小さな表現者の声が

今でも耳に響き渡っている。