『自衛隊防災BOOK』(マガジンハウス)から学ぶ危機管理と気づきと




 

11月のふみサロのお題は、自衛隊防災BOOK でした。

それでも、日々は輝いて。

 

 

私のリブリオエッセイ 危機管理より気づきを

 

危機管理より、気づきを  

 

私は、危機管理という言葉を聞くと、

宮城県石巻市大川小学校のことについて、つい思い出してしまう。

子供たちが、裏山にすぐに逃げよう!といったのにもかかわらずに、

先生たちが校庭に集合させていたらしく、ほとんどの生徒が津波で亡くなった。

 

どんなに平常時に入念な準備をしていても、

万が一の場合には、想定しないことが起こるものだ。

理論と実際は違うものでもある。

サバイバルをするためには、どうすればよいのか?

 

津波の場合は、でんでんでこでこ・・と言って、

みんなバラバラに逃げるのが大事だという教えもあるらしい。

結局、このような教えがあるのにもかかわらずに、

実際の場合は、できなかったという、大川小学校の例。

海から4キロ離れているので、まさかここまでは・・

という甘い考えがあったのだ。

 

子供たちには、何か直感のようなものが働いたのだろう。

しかし、管理社会で慣らされている大人は、

気づきというものが鈍っているとも言える。

もっと、子供たちを自由に、子供たちを主体に、

古臭い考えの押し付けや管理をしないでほしい。

 

先生たちも人間であり、お父さん、お母さんでもある。

仕事での将来的な出世も気にしていることだろう。

上司に逆らうと、自分の仕事にダメージもあるだろう。

きっと、自分の思うことを自由にできなかったであろう。

 

出世より、命であると、あの時、

気がつかなかったのだろうか・・

鈍感になってしまっていたのだろうか・・

そこが気になって仕方がない。

 

私たちはもっと自由に臆することなく意見を言うべきだ。

どんな小さな些細な意見でさえもすくい上げるべきだ。

(ドイツでは、些細な意見でもすくい上げる習慣があると聞いた)

 

小さなこと、些細なことにも目を向けること。

こういう習慣が身につくと、寛容な社会になる。

 

自由で寛容な社会であると、

自由な雰囲気になり、気づきも生まれやすい。

どんな意見でも価値がある。

気づきこそが身を守り、それが共鳴していく。

 

管理されてはいけない。

大人も子供も、大事な点である。

 

仙台時代の思い出

 

エッセイでは、石巻の大川小学校について書きました。それは、新婚時代の3年間、仙台に住んでいたことがありますので、大いなる関心ごとだったからです。

仙台から石巻、雄鹿半島、金華山へと旅をしました。また、仙台から気仙沼まで、三陸海岸の旅、寿司グルメの旅です。

東京で育ったので、仙台はコンパクトにまとまった素敵な街であると感じました。海も近く、スキーができる山も近い。食事もおいしいです。

私のプライベートビーチと勝手に決めていた七ヶ浜は、津波を被害を受けました。

神奈川県の逗子海岸などは大変混み合っていますが、仙台の七ヶ浜は空いていて、のんびりできるのです。

当時、仙台から地下鉄で南に行ったあたりに住んでいました。仙台市立体育館の近くです。しかし、1995年から1998年ですので、まあ、なんと大昔・・。

2010年には、楽天球場を息子に見せに行きました・・・。